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大阪高等裁判所 昭和63年(ネ)2011号 判決 1989年5月26日

主文

一  控訴人らの控訴及び被控訴人の控訴人株式会社新潮社に対する附帯控訴をいずれも棄却する。

二  被控訴人の控訴人後藤章夫に対する附帯控訴に基づき、原判決主文二、三項中控訴人後藤章夫に関する部分を次のとおり変更する。

1  控訴人後藤章夫は被控訴人に対し、一〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一一月二一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人の控訴人後藤章夫に対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用中、被控訴人と控訴人株式会社新潮社との関係における控訴費用は控訴人株式会社新潮社の、附帯控訴費用は被控訴人の負担として、被控訴人と控訴人後藤章夫との関係における訴訟費用は第一、二審を通じて五分し、その四を控訴人後藤章夫の、その余を被控訴人の負担とする。

四  この判決の二1は仮に執行することができる。

事実

第一  申立

(控訴について)

一  控訴人ら

1 原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。

2 右部分につき、被控訴人の請求を棄却する。

3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1 本件控訴を棄却する。

2 控訴費用は控訴人らの負担とする。

(附帯控訴について)

一  被控訴人

1 原判決を次のとおり変更する。

2 控訴人株式会社新潮社は被控訴人に対し、原判決別紙二記載の「記事取消並びに謝罪広告」を同控訴人が発行する「フォーカス」誌上に、見出しを二号活字で、その他を三号活字で一回無料で掲載せよ。

3 控訴人は被控訴人に対し、各自五〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一一月二一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

4 訴訟費用は第一、二審とも控訴人らの負担とする。

5 仮執行の宣言

二  控訴人ら

本件附帯控訴を棄却する。

第二  主張

次に補正、付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  原判決の補正

1  三枚目表四行目の「見出しをつけ、」の次に「被控訴人についての記事として、」を一一行目の「掲載し、」の次に「控訴会社は、」をそれぞれ加える。

2  四枚目表一行目冒頭の「に対し、」の次に「不真正に連帯して」を加える。

3  六枚目表一行目の「若冠」を「弱冠」と改める。

4  七枚目表八行目の「閲歴」を「経歴」と、同行の「若冠」を「弱冠」とそれぞれ改める。

5  一三枚目裏七行目末尾に「右国会タイムス等の情報誌は、一部の狭い社会でのみ知られているにすぎないとはいえ、それ故に世間一般に高い信憑性がないとの評価は当たらず、時としてマスコミ誌にない貴重な情報が隠見しているものである。」を加える。

6  一四枚目裏五行目冒頭の「である。」の次に「強制力を持たない雑誌記者の調査能力には自ずと限界があり、政治がらみの金の流れの解明は殆ど不可能といわなければならず、かかる限界を無視するならば、沈黙を強いられる結果となる。」を加える。

二  主張の補充

1  控訴人らの主張

一般の国民は、国会議員選挙を通して国政に関与するものであるから、国会議員候補者の資質や活動状況等に関する判断資料が不可欠のものであり、いわゆる「知る権利」を有する。一方、報道機関は判断資料提供の要請に奉仕することを責務とするものであり、国会議員候補者に関する報道は高度の公共性を有する。控訴人らは、「フォーカス」誌を単なる娯楽誌ではなく、報道・言論誌と位置づけて編集・発行しているものであり、本件記事はまさにかかる公共性の高い参議院議員選挙候補者に関するものである。本件記事が被控訴人の名誉を毀損する内容であり、しかも真実であることの証明がなかったとしても、かかる高度の公共性を有する国会議員候補者に関する記事については、一般の名誉毀損の場合とは異なり、いわゆる「現実的悪意」がある場合、すなわち、控訴人らが記事の内容について虚偽であることを知っていたか又は虚偽であるかどうかを全く無視する態度であった場合にだけ、名誉毀損の責任を負うと解すべきであり、本件にあっては、かかる現実的悪意が存在したことの立証はない。

2  右主張に対する被控訴人の反論

被控訴人ら主張の「現実的悪意」の法理は、民法七〇九条の要件を加重するものとして実定法上の根拠を欠くだけでなく、無責任な言論を横行させる弊害を伴うものとして採用し難いものである。仮に右法理を適用したとしても、本件記事は、真偽について全く無関心な態度で虚偽の事実を報道したものであり、その内容も興味本位で、表現も著しく下品、侮辱的、誹謗、中傷的であって、現実的悪意が存在することは明らかである。

第三  証拠<省略>

理由

一  当裁判所は、被控訴人の控訴人らに対する本訴請求は、原判決主文一項及び二項中控訴会社に関する部分、並びに本判決主文二1の範囲で認容し、その余は失当として棄却すべきものと判断する。その理由は、次に補正し、次項に補充主張に対する判断を付加するほか、原判決理由一ないし三の説示と同一であるから、これを引用する。

1  一六枚目表一一行目の「(前同)、」の次に「第五二号証、」を、末行の「一ないし三、」の次に「第三八号証の一、二、」をそれぞれ加える。

2  一六枚目裏二行目の「本人尋問の結果」の次に「、弁論の全趣旨」を加え、三行目の「高橋弘康」の次に「(原審・当審分)」を加え、八行目の「若冠」を「弱冠」と改める。

3  一七枚目表五行目の「現在も係属中である」を「、昭和六三年五月二四日大津地方裁判所において有罪の判決が宣告されるに至った」と改める。

4  一七枚目裏九行目の「押し」を「推し」と、一〇行目の「決戦投票」を「決選投票」とそれぞれ改める。

5  一九枚目表六行目の「決戦投票」を「決選投票」と、一九枚目裏一〇行目の「右(2)」を「右イ」とそれぞれ改める。

6  二二枚目表一行目の「自民党」から四行目末尾までを除き、五行目の「しかし、同月八日、」を「次いで、同日」と改め、一一行目の次に改行のうえ「しかし、同月八日、被控訴人の以前の選挙において参謀の一人であった田中高雄県会議員に自宅で面接取材したが、公認料支払及び二階堂氏への献金については否定的の返答を受けた。」を加える。

7  二三枚目裏四行目の「発行」を「発売」と改め、一〇行目の「原告は、」を除く。

8  二四枚目表一行目から二行目にかけての「第四一ないし第四六号証の各一ないし三」を「第四六号証の一、二」と改める。

9  二四枚目裏五行目の「発行日」を「発売日」と改め、九行目の「世間」から一〇行目の「出版物ではなく、」までを「世間一般に高い信憑性を得ている出版物であると認めるに足る証拠はなく、時としてマスコミ誌にない貴重な情報が隠見している可能性まで否定するものではないが、それはあくまで時として存在する可能性に止まるものであるから、その信憑性については充分な裏付け調査と綿密な分析が不可欠であり、」を加える。

10  二五枚目裏五行目の「同記者ら」を「記者両名」と改める。

11  二六枚目表六行目の「同月」を「昭和六一年六月」と、一〇行目の「昭和六一年六月」を「同月」とそれぞれ改める。

12  二六枚目裏一一行目の「なっていること、」の次に「政治がらみの金の流れの解明は極めて困難であることは推測しうるところであっても、それ故に、単なる噂話程度に過ぎない情報を充分な裏付け調査をすることなく報道することを肯認しうるものでなく、かかる報道は真実を追求する報道機関としての責務を自ら放棄するに等しいと評価せざるをえないこと、」を加え、末行の「被告会社ら」を「控訴人ら」と改める。

13  二七枚目表二行目の「被告会社ら」を「控訴人ら」と、九行目の「利用され、これによって原告は」を「利用されたのみならず、被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は支持者はもとより知人や一般県民から本件記事が真実のものであるとの疑惑を抱かれるなど」と、一一行目の「同誌」から末行の「二〇万円」までを「一〇〇万円」とそれぞれ改める。

14  二七枚目裏二行目の「活字をもって」の次に「別紙一記載の」を加える。

二  控訴人らは、高度の公共性を有する国会議員候補者に関する記事については、一般の名誉毀損の場合とは異なり、当該表現行為者が記事の内容について虚偽であることを知っていたか又は虚偽であるかどうかを全く無視する態度であったという「現実的悪意」があった場合に限って、名誉毀損の責任を負担すべきであると主張する。しかしながら、右主張は、実定法上の根拠がないにもかかわらず民法七〇九条の要件を加重するものであるにとどまらず、そもそも表現の自由、殊に公共的事項に関する表現の自由は、民主制国家を護持するために重要な権利として憲法上保障されていることを重視するが故に、たとえ当該表現行為が他人の名誉を毀損する場合であっても、それが公共の利害に関する事実にかかり、その目的が専ら公益を図るものであり、かつ、当該表現行為が真実であることの証明があれば、不法行為は成立せず、また真実であることの証明がなくとも、当該表現行為者が真実であると信じたことに相当な理由がある時には、過失がないものと解することにより、個人の名誉の保護と表現の自由の保障との調整を図っているものであり、右要件を超えて虚偽であるかどうかを全く無視する態度で虚偽の事実を公表した場合にだけ責任を負担すると解することは、個人の名誉の保護を疎んじ、表現の自由を過大に保障する結果となってその均衡を失することとなるからして、採用し難いところである。

三  以上によれば、被控訴人の本訴請求は、控訴会社に対し原判決別紙一記載の「謝罪広告」を同控訴人が発行する「フォーカス」誌上に、見出し部分を四号活字で、その他の部分を五号活字で一回無料で掲載することを求め、控訴人らに対し不真正に連帯して慰謝料一〇〇万円及びこれに対する本件不法行為日の後である昭和六一年一一月二一日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において正当として認容し、その余は失当として棄却すべきである。よって、原判決中これと一部結論を異にする控訴人後藤章夫に関する部分は不当であるから変更することとし、控訴人らの控訴及び被控訴人の控訴会社に対する附帯控訴は失当であるからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法九五条、九六条、八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき、同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 舟本信光 裁判官 井上 清 裁判官 渡部雄策)

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